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東京旅行

東京に行くと、不思議な気分がする。

大都会であって、コンクリートジャングルなのに、何故か懐かしいのだ。

私の小学校入学は、東京の世田谷区赤堤小学校というところだった。

当時建設省に出向、栄転していた父に付いて、一家で上京したのだ。

 

東京のマンションに到着した日のことをよく覚えている。

ひろびろして、南向きで、お日さまがよくあたって、おふとんが積み重なっていた。

おふとんの山に駆け寄って行って、おふとんの山にジャンプした。

 

とても幸せな日々だった。閑静な住宅街で、見たことも無い豪邸ばかりがあった。

どこからどこまでがこのおうちの塀なのかがわからないのだ。

 

皆、犬を飼っていた。幼少期より、犬が大好きで、将来は獣医になろうと決めていた私。

学校の帰り道には、必ず庭に放し飼いにしてある犬めぐりコースを辿って帰ってきていた。

 

時は80年代真っ盛り。高度成長期のバブル時代で、父親の仕事もうまくいっていたし、

日曜日には、近所の、総木製のカソリック教会に家族で通った。

日曜学校はさほど面白くなかったが、絵を習っている友達や、英語を習っている友達、

バイオリンを習っている友達、etc.etc.皆いい子ばかりで、今にして思えば、まだタモリはも

引っ越してきていない自分の世田谷原住民は、産まれながらにおハイソだったのかもしれない。

 

一戸建ての家にはエレベーターがあるものだと思い込んだのもこの土地柄だったせいもあろう。

「四ッ谷軒牧場」という、肉牛を牧畜している農場まであった。

私は、学校にも行かずに、「行ってきまーす」と言って、牧場に直行した。

草をはむ牛に、ちぎってきたクローバーの束を差し出してやったり、牛の優しい眼に見つめられたりするのが

何よりの楽しみだった。もちろん友達とも、牧場内でかくれんぼをして、牧場主に見つからないように

鬼ごっこをするのも無上の喜びだ。牧場主に見つかると「鬼」になるので、必死で埋め立てられた井戸に隠れた。

 

そんな具合だから、私にとっての幼少期の黄金時代は、「東京、世田谷」=「牛と自然」なのである。

 

関東にしか生息しない、つかまえても刺さない「トラマルハナバチ=ペットハチ(と子供らの間で呼びならわしていた)」

をどれだけ沢山集められるかも、子供たちの良い競争遊びだったように思う。

 

成人した今でも、時折上京した先輩や友人を訪ねて東京に行くが、歩行者天国、神田、銀座、皇居、、、

どれもこれも、ただただ「懐かしい」のである。休日に父親に連れられて馬事公苑などにしばしば連れて行ってもらっていたからであろう。

 

そんな私であるが、齢40歳不惑にして、上京を決意した。学校図書館司書になるためである。

 

一度でいい。もう一度、東京で、今度は「イイオトナ」として暮らしてみたい。住環境はそんなに良くないかもしれない。

けれど。

私の黄金の幼少期よ、永遠に。

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